2005年01月31日

最終回 モンゴル少しだけ生き筋の話3

 モンゴル商品、アジアの素材を使った和装雑貨を扱っておりますタカヨシトレーディングの河野です。
 モンゴルの話、今回で終わりですので最終回にしたいと思います。

 短い間ですが、私のような悪文をお読みいただき有難うございました。

 また、様々な方にこのメールマガジンを書くことでメールを頂きました。本当に有難うございました。


 アジア素材を使った和装雑貨の販売ですが店舗オープンで余計スケジュールが詰まってアップアップしています。

 店舗の宣伝、集客の方法、時期の読み方やスタッフの採用などおもしろいことと同時に煩雑な作業の毎日です。

 店舗をお客様に認知してもらい、店だけで歩いてくれるようになるには少なくとも一年以上かかるでしょうが、当面は赤字を出さずに並行して、継続している百貨店の催事販売をしながらという展開になっていくこととなります。

 おかげさまで店舗について今月はすでに損益のラインをこえてほっとしているところです。

 

 
 さて、モンゴルの仕事について最後のお話です。お付き合いください。
 
  
 大学卒業と同時に会社で修行させてもらう一方でモンゴルホームページでの販売は将来の自身でしたい仕事のことを考えて継続していました。

 この時、モンゴルという特殊な商材と日に1、2時間の仕事で月に100万円ぐらいの売上になっていった過程について書きたいと思います。

 

 以前書いたこともありますが、まずモンゴルの情報ページ「さりふ」を立ち上げそれで認知してもらい、その後に販売ページを製作して集客に結びつけるという方法を取っていましたがはかばかしくありませんでした。(ただ、長い目で見て即効性はありませんがこの情報ページをしていたことは集客の面で、特に販売ページの認知が低い時期には有効であったと思っています)。

 販売ページ自体のリニューアルを繰り返し、商品を充実させていくことで月に20〜30万円くらいの売上にはなっていきましたが、それ以上は、冬物だけであること、新製品が少ないことでリピーター獲得につながらない催事販売と同じ壁にぶつかっていました。

 ある日たまたまお客様から頂いたメールで、CDが入荷したら優先的に知らせてほしいというものがあり、これは既存のお客様を取り込むのにいいなと思い、今までのCD購入のお客様に対してホームページ掲載よりも先に入荷したCDの案内を送るようになりました。これでまた売上が少し伸び月に30万円〜40万円くらいになりました。

 その当時、頭を抱えていたのが在庫の問題でした。仕事の都合で年に一回ぐらいしか現地にいけず大量買付けします。オリジナル衣料は冬物が多いのでかさばる上に夏は全く動きません。また、現地から買ってきていたモンゴル書籍も一部の特殊な人間以外には全く買い手がつかず、衣料はまだイベント等での売れる可能性がありましたが、本はそこでも売れず在庫として増え続ける一方でした。

 そこで、思い切って現地でアルバイトを雇い、在庫を最低限しか持たずに月ごとに注文をまとめて現地に発注して送ってもらう方法に変えました。

 特に書籍に関しては今までの方法をがらりと変え、現地に数冊の新刊書籍案内を送らせて今までのお客様にメールやファックスで案内を送り注文をとってから現地に発注するという形にしました。

 これが非常に有効で大学関係からの受注が増えました。また、過去の取り扱いの書籍もあわせて掲載することで大学にある予算枠での発注を受けることが出来るようになり売上も月に100万円を越えるになりました。

 (現在、大学も民営化の波を受け予算枠が減ってだいぶ状況が変わりつつあります)

 

 以上が私のしてきた内容です。

 

 

 これらをする中で注意してきたこと、思ったことを雑感として書きたいと思います。

 あくまで私自身の考え方です。あわない読者の方もいらっしゃると思いますのでこんな考えの人もいるんだということでご勘弁下さい。

 

 ・モンゴルの現地で出会った人たちには現地の失業者たちに仕事をといった理念に基づいて素晴らしい方々が多かったです。それで日本で販売するに当たっても当時流行していたフェアトレードを打ち出してしたらどうかとか、そういうイベントにでてみないかとか様々なアドバイスを頂きました。でも私は嫌でした。商品自体に力がないのをきれいごとでごまかしてもそれはお客様がどこかそういう匂いで感じてしまうように思いましたし、私自身これは現地の女性や子供たちがが手作りで作っていようがいまいがどうでもよく、それがどんなところが良くて、どんな着方ができかっこいいのかで買うかどうか決めていたからです。

 ただ、購入した後、結果的にそれを知ることで「へーそうなんだ。」というちょっといいことをした気分になれることは非常に大切だと思っていましたので、ご注文を頂いたお客様や購入後のお客様には実は草原に住むモンゴルの遊牧民の人たちが作っていてその人たちがこんな風に助かっているんですよみたいな内容は伝えていました。

 とっつきは悪いかもしれませんが、後々お客様がファンになってくれることが多く口コミにもつながりやすい非常にいい方法であったと続けてきて特に思います。

 

 ・1日にわずかな時間しか販売に取り組むことが出来ないだけに、お客様に中途半端な匂いを感じさせないことに特に注意しました。例えばアクセスが増えてバナー等で小遣い稼ぎをしたらというアドバイスも沢山の方から頂きましたが、私自身そういうページにあうとこの人はそのことをまじめにやっていないのかなという少しがっかりした気持ちを感じることが多く、避けてきました。また、沢山の会社から現地でのコーディネート依頼や旅行企画依頼を受けましたが全て断りました。自分がいいなと思える物をつくり、あるいは選びそれを売っていくということが私の仕事であって、それ以外のことをしてしまうというのは今のお客様にも失礼だし、大体能力がないというのを自分が一番分かっていたからです。

 

 

 ・自分が扱っている商品を一生懸命考えて売っていて、それを常によりよく改善を続ければお客様は不思議なものですが自然と増えていきました。POP一つでもその位置、デザイン、文章様々に改善できていきますし、掃除一つとっても床、棚、ガラス、トイレから服のケアまで様々に改善できていきます。ましてや商品を売ることにおいてはたくさんの改善の余地があり、それは結果としてダイレクトに結びついてくる非常に楽しいことです。  

 

      


 下記は継続しているモンゴル情報

  さりふ
   http://www1.odn.ne.jp/sarifu/index.html

   のバックナンバーです。


  今回は最後ですので一日500〜1000という最もアクセスの多かった内容をお届けしたいと思います。

  このモンゴル暴走族についてのコラムはNHKを初めとした10数社から取材のコーディネート依頼を受けました。

  といってもたいした内容ではありませんので期待しないで下さいね。 


 <以下、1998年5月27日発行分バックナンバーより抜粋です。>

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     さりふ背負う
 
   2001年6月27日発行分バックナンバーです。

 (暴走族のコラムは2001年7月、2001年10月分も掲載しています) 

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  モンゴル人が斬る

 
  〜カルピス編〜
 

  日本でも広く飲まれているカルピス。そのアイデアの元はモンゴルの馬乳酒
にあるといわれています。そこのところどうなんでしょう?モンゴル人12人に
聞いてみました。

 アリュンボルト 会社員(31歳男性)

「甘い、甘すぎる。歯にしみる。」

 評 虫歯ですか。


 
 ツェルマー 主婦(44歳女性) 

「水で薄めるな。ケチか。」

 評 濃いんです。


 
 バータルジャブ 学生(24歳男性) 

「原液がちょっと・・・。」

 評 分かります。 

 

 プレブドルジ 力士(24歳男性) 

「ビタミンたくさん。」 

 評 馬乳酒にもたくさんです。 


 
 エンフタイワン 遊牧民(53歳男性)

「日本にも牛がいるのか。」

 評 多いですよ。

 

 スレンホロル 主婦(48歳女性) 

「ロシア留学時代に飲んだような記憶がある。」

 評 ロシアにはありません。

 

 ホランダ 無職(25歳男性)

「下痢したらおまえのせいだからな。」 

 評 大丈夫です。

   

 エンビシ 遊牧民(58歳男性) 

「この入れ物くれるか。酒を入れるのにちょうどいい。」

 評 それは良かったですね。 

  

 ジャルガルサイハン 会社員(28歳男性) 

「ラクダの乳はこんな味がする。」

 評 飲んだことありません。


  
 ガンスク 遊牧民(65歳男性)

「馬乳酒を8とするならこれは2だ。」

 評 馬乳酒はおいしいです。


 
 アディア 力士(30歳男性)

 「筋肉がつくなら毎日飲んでいい。」

 評 試して下さい。

  
  
  
  バットトルグさんの判決!

  「今、忙しいです。」
 


 
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  日蒙大一番
   
  〜ダイエット対決〜

 モンゴルの老人、ダイエットの是非を問う。

 

 モンゴルの老人(以下(モ)) 「この写真は、わしの若い頃の物じゃ。」

 日本の若者(以下(日)) 「ハンサムですね。」

(モ)「どこが?。」

(日)「今よりやせて精悍な感じがします。」

(モ)「やせているのは兵役中で食べ物がなかったからじゃ。そういえば
   わしの孫もやせて写真のようになってくれというが、わしはいやじゃ。」

(日)「やせた方が健康にいいのですよ。」 

(モ)「お前もやせろというか。聞け。せっかく肉を付けた身体から肉をとる
   というのは、貯めた金を減らすのと同じぞ。」

(日)「余分な肉があればその分心臓に悪いといいますが。」 

(モ)「それは仕方がない。たくさん子供を作ればその養育に負担がかかる。
   悪いか?」

(日)「日本では小子化が進んでいます。」

(モ)「それが悪いのじゃ。楽をするのは簡単じゃ。」

(日)「私もやせ過ぎですか。」

(モ)「ふん(腹をさわって)、何も入っていないじゃないか。おい若いのお
   前が羊なら安いぞ。だいたい日本人は風呂に入りすぎだ。しかもごしご
   し洗う。わしはたまに風呂に入っても表面の汚れをゆっくり落として決
   して肉を落とさないように気をつけている。」

(日)「日本にも太った人はいますよ。相撲取りもいます。」 

(モ)「あれらは風呂に入らない。だから肉の艶がよい。」

(日)「でもモンゴルの女性は細いじゃないですか?」 

(モ)「女は細い方が様子がいいんじゃ。英語ではグッドルッキングと言う。
   わしゃ英語も知っとる。孫からならった。アイ アム モンゴリア。
   アイ フロム モンゴルリア。」

 

 
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  モンゴルひと口メモ 


  〜モンゴル初の暴走族〜 

 モンゴル初の暴走族ハトーツァライ(固い顔)が深夜ウランバートル市内を暴れ
回っている。

 構成メンバーは16〜21歳の男7人。

 皆どこから情報を得たのか日本のヤンキー(チーマーではない)風になっている。

 車は一台、日本のチェイサーに6人が箱乗りして(1人は原付でチェイサーのあ
とを追って)いる。

 彼らは市内を時速60キロで巡回し、気が向けば車を止めカーラジオのボリューム
をいっぱいに上げ輪になって踊る。

 乗員オーバー以外は犯罪行為を犯していないため今のところ警察は取り締まりを
していないが、モンゴル人民のシンボルである「スフバートル像広場」で踊り始め
た時はある老人が注意し、彼らはおとなしく説教されたらしい。

 彼らの目標は歌手としてデビューすることだそうである。

 

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(2001年7月バックナンバー)

 

 モンゴルひと口メモ


 〜暴走族”固い顔”解散危機〜 

 モンゴル初の暴走族”固い顔”については先月お伝えした。

 今、彼等が解散危機に陥っている。

 メンバーの父兄の方針で活動時間が深夜12時までになってしまったのだ。

 モンゴルの夏は、夜11時頃まで日が沈まない。

 日中の活動を好まない彼等は困ってしまっている。

 現在、冬まで待ちつつ1時間だけでも活動している彼等だが、メンバーの
不満は爆発寸前である。 

 どうする?”固い顔”


 
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(2001年10月バックナンバー)

 

 

号外!! 〜モンゴル初の暴走族”固い顔”解散〜 


 先月モンゴル初の暴走族”固い顔”が解散した。

 理由は、父兄の反対、チーム内の不和など、アイドルへの夢の挫折など様々である。

 その一番の理由は、似たようなチームが出てきてあまり注目されなくなったからである
らしい。

 現在、モンゴルでは”速い足”や”高い頭”など数多くの暴走族が雨後の竹の子のよう
に出現し乱立しては解散を繰り返している。

 ”固い顔”のメンバーはその後、一部は吸収されたり、一部は更生したりと足取りがつ
かめなくなってしまった。

 しかし、”固い顔”はモンゴルで初の暴走族としてモンゴルの文化史に残るチームであ
ったことは間違いないであろう。 


 

 
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  チメグちゃんがゆく


  〜あるモンゴル少女の一日〜
 
 
 5/1

 6月から夏休みになるが、かってにもう夏休みにしていなかへ行ってしまった。
 

 
 5/8

 いなかから親せきのしまいが来た。あまえんぼうでこまるがアイスクリームを買
ってあげるとおとなしくなる。じぶんのことをはんせいするとはずかしい。
 

 

 5/15

 お姉さんが日本からかえってきた。お母さんにはないしょにしてあったから、お母
さんはおどろいて「ほんもの?」と言った。
 

 
 5/22

 あたたかくなってきた。よるにはよっぱらいが多くてこまる。   
 

 

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  今週のゲンかつぎ


  困ったときは首を振れ
 


  知恵がでます。


 
 
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 政治・経済

 
 〜汚職摘発の嵐〜
 

 今年モンゴル政界では汚職摘発の嵐が吹き荒れているらしい。
 今月、カジノ法に絡んで三人の国会議員が収賄罪で有罪になった。
 三人の中でも若手有力議員エンフボルドは大統領バガバンディの側近といってもよ
く、彼の摘発は他の議員を震え上がらせるに十分であった。
 他に議員達もかなり神経質になっていて、ある議員などは、海外出張の際のお土産
としてもらった物を全て国に差し出したそうだが、その中にはなぜか大型テレビ、高
級オーディオセット等も含まれていた。
 また、ある議員の婦人はたいへんな美人で「その貢ぎ物(婦人のこと)も返すべき
だ。」との意見も各方面よりあがっている。

 もともと老人は、政治家のことを神聖で酒も飲まないし、タバコも吸わないと教育
されてきたので、今回の摘発には一番ショックを受けているようだ。

 

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  芸能・スポーツ

   
  〜モンゴルメディアの力〜
 

 ある日テレビのコマーシャルが中断されレポーターが
 「注目して下さい。」と言った。
 人々はなにか大変なことが報じられるかと予想した。
 レポーターは緊迫した表情で中継した。
 「こんな所に新しくガソリンスタンドができました。入ろうとしても表道路は一方
通行のため、反対車線からは2,37キロも大回りしなければなりません。これをエネ
ルギーの無駄使いと言わずしてなんと言いましょうか。皆さん、正しい選択をして下
さい。(このガソリンスタンドには入らないで下さいの意味)」

 視聴者には何のことか分からない。
 後日、実際にそのガソリンスタンドに行き事情を尋ねてみた。
 「あのテレビ局は、我がスタンドに番組のスポンサーになるようしつこく頼んでき
たが断った。それであんな嫌がらせをしたのだ。」

 幸いなことにモンゴル人は天のじゃくなところがあるのか、なぜかそのスタンドは
大繁盛しているそうである。

 ガソリンスタンドの従業員は「テレビの力はすごいなー。」と感心していた。
 


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 ◆プロフィール
  河野隆史
  tytrade@pop02.odn.ne.jp
 〒616-0002 京都市西京区嵐山東一川町10−12
  TEL 075-863-6714  FAX 075-863-6715

 大阪外国語大学モンゴル語科出身。
 モンゴルをはじめ様々な国に行き、「発展途上の国の文化に基づいた商品を販売
 しそこに住む人々の生活を少しでも豊かにしたい」、また「生活は豊かでも心が
 満たされない日本人の心を豊かにしたい」という想いから、今から10年前にモン
 ゴルとの貿易を行うタカヨシトレーディングを創業いたしました。

TAKAYOSHI trd.
  E-mail: tytrade@pop02.odn.ne.jp
  Home page:
  モンゴルショップ「タカヨシザハ」
     http://www.takayoshizaha.com
 モンゴル情報ページ「さりふ」
   http://www1.odn.ne.jp/sarifu/index.html
   タカヨシトレーディングは、アジアの文化に基づいた商品の販売を通して、一人
 一  人の心の中にあるアジアを形にしていく会社です。
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Posted by kono at 2005年01月31日 09:30 | トラックバック
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