2005年06月09日

「ガイアシンフォニー」の危うさ

すこさんに誘われて、ガイアシンフォニーを見に行ってきました。既成概念をはずすための映画ではあるけれども、ある危うさを感じずにはいられない。

もしかしたら、大切なことと危険なこととは、意外に隣り合わせだったりするのかもしれない。オウムに入信した人も、ガイアシンフォニーのような「精神世界」に魅力を感じていったケースがあると思うんです。8000m級の山を登るひとと、オウムの修行は、ある意味、区別がつかないわけです。

オウムの信者のひとりと話をしたことがありますが、それはそれは魅力的な話でした。「ガイアシンフォニー」で「トマトにも心がある」という話が出てくるのですが、そういった話と外見上はほとんど同じといってもいいくらい。だから、「ガイアシンフォニー」の論法について、僕はどうしても留保をつけたくなってしまう。

オウム真理教は酷い事件を起こしたけれども、個人個人をみると悪い人たちではないし、むしろ社会に対してまじめな(いや、あまりにもまじめすぎる)ため、不正や矛盾を許せないということがあったりする。僕は生来、不真面目なところがあるので、オウムには入らなかったが、もしちょっとでも真面目だったらどうなっていただろう。オウムに入信した可能性をゼロとは言えない自分があり、だからこそ、オウムの問題はすごく身近で、恐ろしいものでもあるんです。

クリエイティブシンキングという話をしているときには、絶えずそのことが頭をかすめます。前回のセミナーでは「ビジネススキルとしての」アイデア発想法ということでワークショップを開いたわけですが、ほんとうはもう一つ必要なことがあるはずです。それは、「倫理観」。

「スキル」と「倫理」は、高度なところではかならず一つにつながっていく。剣道の達人が高い倫理観を要求されるように、そこは心と体の両方の問題を扱うことになる。そういうところまで、クリエイティブシンキングの話を持って行きたいと思っています。(長い時間をかけて。)

Posted by ryu2net at 2005年06月09日 03:03 | トラックバック
コメント
コメントする









名前、アドレスを登録しますか?