2006年04月20日

持続可能と不老不死

持続可能という言葉を良く聞く。ただ歴史を振り返ると、4大文明とか、ローマ帝国でさえ、永遠では無かった。1つの社会システムが時代に合わなくなり、新たな別のシステムに受け継がれていくというのは、避けがたいのではないだろうか?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%9B%9B%E5%A4%A7%E6%96%87%E6%98%8E
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E5%B8%9D%E5%9B%BD

持続可能を個人レベルで考えると、不老不死という事である。権力者とか成功者は不老不死を願う。有名なのは、秦の始皇帝とか、ファウスト博士である。そして悪魔やら怪しげな学者と関係を持つことになる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A7%8B%E7%9A%87%E5%B8%9D
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%88

先日亡くなったSF作家のレム原作の惑星ソラリスにも、「いつ死ぬか知らなければ、不死と同じだ」という台詞があった。
http://cnn.co.jp/showbiz/CNN200603280007.html
http://www.imageforum.co.jp/tarkovsky/wksslr.html

現代社会は物質的成功を修め、持続可能を願うようになった。ただ石油にドップリ浸かった先進国が持続可能とは思えないし、少子化にしても、母親が安心して子育てできないような社会は持続不可能である。

ここで現れるのが怪しげな学者である。核融合にせよ、高速増殖炉にせよ、宇宙太陽光発電にせよ、当分実用化の見通しが立たない事は技術的知識があれば判断できるし、研究者本人が一番良く判っているのである。しかし、政府も国民も問題の本質から目をそらし、これら「夢の技術」に頼って責任回避するのである。

結局、現実的な選択を行った社会が、新しい文明を継承していく事になる。バイオマスの進んだブラジルなのか、原子力比率の高いフランスなのか判らないが、石油文明の衰退は、21世紀の新たな社会システムをもたらす事になるし、それは歴史の自然な選択過程であって悲観すべき事ではないと思う。

次の文明に継承、発展させるべき技術や思想の芽を育てるのも研究者の歴史的役割である。

Posted by shimoura at 08:03 | コメント (0) | トラックバック