パソコンばかり見ているのは目に悪いので、京都国立近代美術館で開かれている「若沖と江戸絵画展」を見に行く。平日の昼間にも拘わらず、人が一杯であった。
http://jakuchu.jp/
中高年女性と、大学生らしき若い世代が中心。20名ばかり女子大生を引き連れて解説している先生とか。プライスコレクションといって、日本で評価されなかった作品をロス在住のエンジニアが自らの感性で集めた作品群である。
http://jakuchu.jp/about/index.html
どうして日本で評価されなかったんだろう? という疑問が浮かぶ。他の作者に較べて、抽象化のレベルが高いし、自らの感性を貫いている点が、尖った印象を与えるのかも知れない。現代アニメにも通じるものを感じる。
若沖は京都の錦小路に生まれ40歳で隠居、85歳で亡くなるまで絵を描く事だけに専念した人らしい。昔の人は、現代よりも深く、自然や内面に対峙していたと思うし、人間はどんな時代でも創造的でありたいと願うものだと思う。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E8%97%A4%E8%8B%A5%E5%86%B2
http://www.zob.ne.jp/~neopara/museum/jakuchu/index.htm
残念ながら今年はダメだったが、光通信技術は社会的影響という点でノーベル賞5つ分くらいの価値があると思う。30歳を過ぎて、過酷な研究業界でやっていくには、ニッチな所を狙う必要があった。
http://education.ddo.jp/soliton/ohp/solit1.files/frame.htm#slide0205.htm
当時主流は線形伝送であり、非線形性を利用するソリトンの研究者は少なかった。また理論系では、阪大の長谷川晃教授のグループ、実験系では、NTTの中沢氏のグループとKDDの鈴木正敏氏のグループが精力的にやっていて、とても追いつけるとは思えなかった。それでシミュレーションを担当する事にした。
95年秋に中央大学で開かれた電子情報通信学会が研究者復帰の最初である。中沢氏は既にフィールド実験にも成功していて、光ソリトン実用化に向けた研究をリードしておられた。
http://www.ieice.org/jpn/event/pro/so-con-pro/1995/pro-c.txt
自分で学会発表したのは、96年春からである。この時に、「ファイバ分散ー光パワー平面上で伝送特性を評価する手法」を提案し、その後5年間程その改良発展に取り組んだのが私の研究内容である。この間、光ソリトンは変貌を遂げ、学会における評価は浮き沈みが激しかった。
http://www.ieice.org/jpn/event/pro/ge-con-pro/1996/pro-c.txt
95年は、シミュレーション的にも記念すべき年であると思う。Pentium が発売され、パソコンでもそこそこ計算できるようになった。またMathematica言語等により、数値シミュレーションが容易になった。あとインターネットが普及し、コードの相互検証が可能となった点が挙げられる。
http://www.wolfram.com/index.ja.html
http://www.mankai.biz/archives/2006/04/post_203.html
最初の論文はソリトンの最適パワーが、伝送速度やアンプ間隔に依存しない事を、簡単な理論とシミュレーションで示したもので、中沢氏の編集された号に投稿した。後々まで「俺が通してやった」と言われたものである。中沢氏の所でシミュレーションを担当しておられた久保田さんには、丁寧にコメント頂き勉強になる点が多かった。
http://search.ieice.org/bin/summary.php?id=e81-c_2_235&category=C&year=1998&lang=E&abst=
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