先日地球研で「学問と社会のあり方」研究会というのに出席した。科学者、技術者の社会に対する広報活動を「アウトリーチ」といって、最近注目されているらしい。
http://www.chikyu.ac.jp/rihn/seminar/seminar_20070201.htm
一時はやった科学雑誌のように、ジャーナリストによる解説ではなく、研究者が直接、社会との対話を行っていく努力が始まっている。研究予算の3%はアウトリーチ活動に使う事が義務付けられたりするようである。税金を使って研究する以上、納税者を意識した「広報」が要求されるのである。そして「科学カフェ」はアウトリーチの一手段と位置づけられる。
http://outreach.eri.u-tokyo.ac.jp/http/outreach/outreach_overview_j.html
重大事ほど、「当事者による本音ベースの直接的説明」が必要である。例えば手術を受けるとする。「執刀医による本音ベースの説明」を要求するのではないだろうか?「広報担当者による法的に問題のない説明」では絶対納得しないはずである。
しかし実際には、先日のJRの事故調査委員会にしても、当事者である運転士が出てきて「日勤教育は屈辱的だ」とか、「過密ダイヤで調整運転が大変だ」、などの証言がなされることはない。経営者は株主責任や刑事訴訟を考慮し、「結局のところ原因は何だったのよ?」という説明しかしないのである。
http://www.asahi.com/national/update/0201/TKY200702010251.html
アメリカでは、司法取引とか、宣誓させたりして、本音を引き出す努力をしている。また「会社」を超える「神」の存在が大きい。会社社会の日本では、失業は致命的であるから、公害訴訟でも、原子力発電所の事故でも、現場の技術者の本音は聞こえてこず、文系出身広報担当者のカタに嵌った説明しか出てこない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B8%E6%B3%95%E5%8F%96%E5%BC%95
私は学生時代、核融合の研究所にいた。巨大なレーザーを使って核融合反応を発生させても、出力エネルギーを計算すると、コーヒー一杯沸かせない事に幻滅した。しかし、自らの人生を賭けて研究を続けるには、「もっと巨大なレーザーを建設すると核融合は実現可能です」と言わないと駄目だし、実際研究所の管理職はそうしていた。2chを見れば解るが、研究者も本音ベースでは、核融合発電なんて無理だと思っているのである。アウトリーチの難しい所である。
http://www.ile.osaka-u.ac.jp/
すべてオープンにして、本音ベースで社会が回るのか?、という疑問もある。原子力のトラブル隠しでも、トラブルが発生しなければ隠す必要も無い訳で、ダマシダマシでも運転を継続せねばならない現場の苦労が偲ばれる。我々の社会や司法制度は、本音ベースの議論を受け入れ、適切に判断する勇気や度量を持っているだろうか?
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/00/0/0092820.html
それが無いのであれば、許容範囲内で、善意に基づくウソ、隠蔽も必要ではないだろうか? これは子供の性教育とか、夫婦関係の継続においても言える事かも知れない。
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