2007年12月03日

[ タイトル:ソリトン通信]
[ 著者:下浦一宏 ]

聴く神あれば、話す神あり

モルモン教の青年牧師と話していて判ったのは、彼らの神様は話し、日本の神様は聴く、という事実である。

彼らは日々の祈りにより父なる「天の神様」と会話する。会話の内容は、「感謝」「質問」「心配」だそうである。天の神様は、我々よりも我々の事を知っていて、助言を与えて下さるのである。

一方、日本の神様は「聴く神様」である。ガラガラと鈴を鳴らして神様の注意を引き、「家内安全」「無病息災」等を一方的にお願いするのである。内容に応じてお賽銭の額を増減したりもする。

これは、理学部と工学部くらいの違いである。自然科学は神様の声を聴く作業であり、感受性が要求される。工学は人間の方が話す作業である。科学は西欧が上位で、技術は日本が上位であるのは、神様と人間との関係によるのかも知れない。

事業家の能力は、社会の声を聴く能力と、社会に向かって話す能力の「積」で評価されるように思う。 それにしても「無業息災」で検索しても結構あるのは世相か?

Posted by shimoura at 2007年12月03日 00:15 | トラックバック
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